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2022

四年生ブログ 藤井拓海〜幸せ者〜

まず初めに、新型コロナウィルスが流行している中、

試合開催のために様々なところでご尽力いただいた関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

いつも農友会サッカー部を応援していただき、ありがとうございます。

 

 

かつての宿敵聖和学園高校出身の軟体動物平井選手からご紹介いただきました。

彼の社会人リーグ最終節での復帰には誰もが感動したことでしょう。

 

 

軽く自己紹介させていただきます。

幼稚園の年中の時に園庭でやっていたサッカークラブに目を惹かれたことをきっかけに

サッカーを始め、長いこと18年間サッカー人生を続けてきました。

 

そんなサッカー歴があるとは思えないほどの足元の下手くそさと、

ほぼ0と言っても過言ではないサッカーI Qを誇る自分が大学サッカーという

ステージまでサッカーを続けることができたのは

 

 

身体能力(主にアジリティ、スピード)が故です

 

合宿の際に行われたアジリティテストではいくつかのジャンルで1位を取ることができました。

 

このステータスに関しては農大サッカー部で僕に勝てる人間はいないのではないでかと自負しています。

 

 

言ってしまえばめちゃくちゃ性能の高い車にめちゃくちゃ運転の下手くそな運転手が乗っているようなもの

 

 

そんな僕が4年間、あるいは18年間で感じたこと、長く、拙い文章ではあると思いますが是非最後まで読んでいただければ幸いです。

 

 

 

〜幸せ者〜

 

 

 

僕は今まで全国大会に出るようないわゆる強豪校には所属したことはない。

そして自分に飛び抜けた才能はないのだろう、と思わされることがとても多かった。

 

 

 

小学校の全日では東京都大会2回戦でヴェルディに0-4で敗れた

でもそこでヴェルディにスカウトされて今では関東一部スタメンの親友がいたり

 

 

 

中学の時はF Cバルセロナのカンテラに0-7で負けた

けどその試合、エラシコで2人の相手の間ぶち抜いてミドルシュートかます奴がいたり

 

 

 

高校ではインターハイ予選を県の決勝で敗れ、選手権予選は初戦敗退

けど大学からアメフトを初めて今では日本一位の大学でキャプテンする奴がいたり。

 

 

 

そんな中でも基本的にそこそこの活躍ができるのが自分だった。

 

 

 

小学校6年間、毎年チームで一番点をとっていた。

 

 

 

バルセロナと試合した時はキャプテンマークを巻いていた。

 

 

 

高校生の時は基本スタメンだったし、2年の時から東北プリンスリーグでは7番で試合に出ていた。

 

 

 

基本的にどこでもある程度は通用すると思っていた。

 

 

 

そんな中選んだ大学。東京農業大学。

 

 

 

レベルが違った。

 

 

 

何も通用しなかった。

 

 

 

それこそ経歴での本物がたくさんいた。

 

選手権全国何位だとか

 

プレミアリーグスタメンだとか

 

Jユース何位だとか

 

そんな選手がゴロゴロいた。

 

 

 

完全に井の中の蛙状態であったことを思い知らされた。

 

 

 

もちろん入学当初は底辺中の底辺。

 

 

 

多分アンケートを取ったら俺が一番下手だって結果が出ていたと思う。

 

 

 

それでも楽しかった。

 

 

 

守備の仕方を1から学び

 

 

 

いろんなポジションをやって(ボランチもやった笑)

 

 

 

わかんないこと全部先輩に聞いて

 

 

 

だんだん出られる試合が増えていって

 

 

 

一年の夏合宿で初めてトップチームの練習に参加できて

 

 

 

そこで通用することとしないことがわかって

 

 

 

アイリーグも途中から出られる機会が増えて

 

 

 

2年生の開幕戦では都リーグに途中出場できた。

 

 

 

そこまで成長できた過去があったからこそ思う

 

 

 

今シーズンもっと出たかった。

 

 

 

サイドハーフとしてベンチに入り

 

 

 

ベンチから眺めるだけだった試合の数が約10試合

 

 

 

どれだけ不甲斐なく、情けなかったか

 

 

 

蛭子さんに電話して出られない理由を聞き、悔しくて涙した時もあった。

 

 

 

同じポジションで試合に出ている選手が疲れ切っていても交代できず

 

 

 

怪我で何ヶ月もサッカーをしていなかった選手に出場機会を奪われ

 

 

 

負けている試合、勝ちに行きたい時に投入してもらえない。

 

 

 

そんな一年になってしまった。

 

 

 

だから羨ましかった。

 

 

 

1週間のほとんど練習しなくても試合に出る江井晋之助

 

 

 

怪我でフルパフォーマンスじゃないのに都リーグスタメンの瀬戸魁人

 

 

 

前期ほぼサッカーしてないのに自分と同じポジションで後期ほぼフル出場の南部歩夢

 

 

 

試合の週自分よりカテゴリー下だったのに結局交代で出る岩永隆利

 

 

 

同じポジションで点をとって結果を出す藤井健悟

 

 

 

多分この嫉妬を書き出したらキリがない

 

 

 

「サッカーつまんない」

 

 

 

と今年何回親に言っただろうか。

 

 

 

スタメンで出るアイリーグ

 

 

 

試合に出られない都リーグ

 

 

 

どっちがいいの?とある同期に言われた。

 

 

 

迷わず

 

 

 

「都リーグ」と答えた。

 

 

 

理由は簡単

 

 

 

同期が一番多いこのカテゴリーで勝ちに貢献したかった

 

 

 

途中から出て試合に勝たせたかった

 

 

 

そしてその思いは出られない試合が増えれば増えるほど募っていった。

 

 

 

そんな中迎えた後期最終戦vs東京経済大学

 

 

 

後半フルで出場時間をもらえた。

 

 

 

1-1で迎えた中の絶好のチャンス

 

 

 

上野詩音からのクロス

 

 

 

「決め切ることができなかった。」

 

 

 

多分これが自分の積み上げてきたものの結果だったのだと思う。

 

 

 

どれだけ居残ってクロスの練習をしても

 

 

 

上げの走りの後に1人でジムに行って低酸素の走りを行っても

 

 

 

お金をかけてパーソナルジムに通っても

 

 

 

あの日のプレーが自分の中で感触的に悪いものではなかったとしても

 

 

 

あの自分に回ってきたチャンスで結果を残せなければそのあとの試合には出られない。

 

 

 

逆にあの試合で点をとっていたら参入戦での自分の立ち位置も変わっていただろう。

 

 

 

あの試合の後はセカンドでの練習も増え

 

 

 

参入戦のベンチにも入れないことがほとんどだった。

 

 

 

それでも僕は幸せ者だと胸を張って言える。

 

 

 

それは最高の仲間に出会えたから

 

 

 

 

アイリーグも都リーグもほぼ一緒に過ごしたゴン

どれだけ文句言われても笑顔を絶やさない千葉

怪我から必死に復帰して社会人最終節に出た琢夢

なんでお前でないの?おかしいよなって言ってくれるしん

一緒にサウナ行って深夜のステーキ食いに行く翔太

サッカー中は怖いから嫌だけどプライベートめっちゃツンデレなかつや

早く部活引退してーって言いながらもサッカーが一番大好きな健太

怪我して足痛そうなのにバケモンみたいなプレーするかいと

社会人リーグ10番キャプテンで全お膳立てを外しまくった椋太

社会人の仕事を何回確認しても全く行動しないりひと

みんなで遊ぼうとするとなにかと彼女との予定でこない澪斗

イケメンで勉強できて俺と同じポジションで試合にでやがる歩夢

怪我しまくって3週間サッカー続けてやれたら喜んでるヒッキー

オラもー引退!って言ってほんとに引退試合出なかった海さん

5ヶ月?で前十字から復帰して楽しそうにサッカーしてた山ちゃん

1週間オフ8日のうち6日も一緒にいて毎週サウナ行った詩音

4年間選手を支え続けてくれたマネージャーあやき、かりん、かんな

 

 

 

このメンバーとだったから

 

大好きなサッカーをやりきれた

 

頑張れた

成長できた

楽しかった

 

 

 

みんなと出会えたから

 

〜幸せもの〜

 

 

 

同期への愛を語るブログみたいになってしまったので

同期へのメッセージは割愛します。

卒業旅行で泣きながら語りましょう。

 

 

後輩へ

 

 

 

自分は3年生の時は公式戦に一回も出場していない。

 

記憶では3回ほど松葉杖を使った。

 

その時の監督であった三浦さんに怪我の報告をした際に言われた言葉がある。

 

「お前には雑念が多すぎる」

 

正直この時は何を言っているのかがわからなかった。

 

この言葉の意味がわかったのは4年生になってからだった。

 

結果、僕は4年生で一回も怪我をしていないし、風邪やコロナで部活を休んでもいない。

 

就職活動以外で全練習に参加した。

 

要因は、サッカーに向き合う姿勢が3年生の時とは大きく変わったこと。

 

イメトレ、振り返り、走り、筋トレなどなど。

 

書き出してみると、当たり前の人からしたら当たり前かもしれないし、

 

これでなぜ怪我をしなくなったかはわからない。

 

ただ、人生の中でサッカーのための時間が増えた。

 

サッカーのために食生活や睡眠時間をとっていたから、コロナにもかからず、

病欠をしなかったのかもしれない。

 

三浦さんの言っていた雑念とは

 

 

 

サッカーに向き合う姿勢が足りない。

サッカーにかける時間が少ない。

 

 

 

僕の中での解釈はこれになった。

 

 

多分、2、3年生の時期に怪我が多いのは農大のサッカーや大学生活に慣れて、

 

娯楽に使える時間が多くなり、引退という危機感がないから故だと思う。

 

別に自分は筋トレが正義だとは思っていない

 

だけど

 

意図的に筋トレルームに行く時間を作ってサッカーのために使う時間を増やすことはいいことだと思う。

 

筋トレじゃないのであれば、サッカーの動画を見たり、自主練をしたり、ケアをしたり

 

なんだっていい。

 

この時間を作ることが一番大切だと思う。

 

 

農大でよく言われる

 

なんのために大学の体育会サッカーを選んでやっているのかを

 

もう一度後輩には考えて欲しい。

 

僕が3年生の時のままだったら本当に後悔していたと思うし、

 

無駄な時間でしかなった。

 

大学生という人生で一番自由な時間を無駄にしないように、自分のために

 

与えられたチャンスを掴み切れるように

 

 

 

頑張れ隆利。痩せろ。走れ。キレ戻せ。お前が関東2部に上げろ

 

キャプテンをやるのかそれに近い存在になるのかまだわからないけどなかし

良くも悪くも人に影響を与える言葉を持ってるし言えるけど、それを言うべきなのかと伝え方をより考えることが大事。チームに影響を与えすぎるから

 

走り続けろりつき。自分にできるプレーを全力でやれば結果はついてくる

 

東京国際の後の涙忘れるなよ。りょうた。もっと声出して、もっと戦ってチーム勝たせろ

辛くなったらいつでもサウナ一緒呼べよ

 

後ろで取られるなよ堀井

 

これ以上書くときりがないのでここら辺にします。

飯泉と我妻あたりは、藤井くん俺のこと書けねえかーって言ってくるんだろうな。

 

マネージャーへ

暑い日も、寒い日も、雨の日も、毎日アイシングやボトル、他にも様々な仕事を

ありがとうございました。かりんとあやきも「本当に意味あるのかな。胸を張ってマネージャーをしていると言えない。」とか言ってたけど、確実に選手の力になっているし、支えになっています。全員がチームに必要不可欠な存在であることは間違いありません。

これからも選手を支えてあげてください。

 

 

スタッフの方々

長い間大変お世話になりました。

 

まず三浦さん中学時代からお世話になりました。

自分が農大に入ったのは三浦さんのもとでサッカーをしたかったからです。

3年間ご指導いただきありがとうございました。

農大に出会えたのは三浦さんのおかげです。

 

そして児玉さんも中学の時からありがとうございました。

最後まで結果で期待に応えることができず、とても悔しいですが、

たくさんのことを学び成長させていただきました。

 

蛭子さんは全試合前に声をかけてくれて、自分が電話かけたら30分以上話してくれて、クロスの練習も誰よりも付き合っていただきとても感謝しています。

 

徳さん、体のケアだけでなくメンタル面まで気にかけてくれてありがとうございました。来年の農大もよろしくお願いします。

 

ここには書ききれない農大を通して自分に関わってくださった方々、

本当にありがとうございました。

 

 

 

そしてお父さん

小学校の頃平日の学校前には毎朝5時に起き、土日も4時間の練習

一緒に走って、いろんなメニューを取り入れて、今自分のアジリティーとスピードが

大学でトップクラスなのは確実にこの頃のトレーニングのおかげです。

ドリブルは特にいっぱいやったしドリブルデザイナーの岡部さんにも会わせてくれて

足下バチバチな選手にしたかったとは思うけどそれには全く叶わず、

程遠い選手になってしまいました。

今では自分で作ったチームで全国優勝までして、

いつかその選手たちがプロになるその未来を楽しみにしてます。

 

お母さん

朝練の日も朝4時代に起きてご飯を作り、雨が降ってたら駅まで送ってくれて

今まで自分の決めた高校、寮生活、大学など全ての選択に文句ひとつ言わず、

やりたいことをやらせてくれてありがとう。

金銭面はもちろん、自分の愚痴を聞いて、ケアを手伝わせて、

たくさんの迷惑をかけたと思うし

それに見合った恩をまだ返せていないけどこれからゆっくり返していこうと思うので

楽しみにしていてください。

そして何よりサッカーを始めさせてくれてありがとう。

 

最後にはなりますが

自分のサッカーに関わってくださった

コスモサッカークラブ

小川F C

G A F C

東北高校

東京農業大学

の皆様こんな自分を育ててくださりありがとうございました。

 

 

ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。

せっかくの機会ということで書き始めてみたらとても長く

5000字オーバーのブログになってしまいました。

 

そしてそして

 

 

お次は左利きのファンタジスタ細渕海選手

独特なハスキーボイスと誰もを魅了するテクニック

普段から多くは語らず、

インスタのストーリーには犬しかあげない彼が何を語るのかお楽しみに。

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