4年引退ブログ vol.14
『積み重ね』
堀井 榛人 (関東第一高校)

初めに、日頃より東京農業大学農友会サッカー部を応援、ご支援して下さっている皆様、ありがとうございます。
この場を借りて、御礼申し上げます。
そして今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。
南米女性ばりのケツを持ち、イビキ音が業務用掃除機ばりにうるさい農大の10番こと、長谷川大貴からご紹介に預かりました。
岩永隆利、藤井建悟に次ぐ、3代目コイントス係の主将、堀井榛人です。
ハセ、俺が入学した時に1番サッカー上手いと思ったのはお前だよ。
1年の頃は天才で、今は現代サッカーみたいなプレースタイルになってるけど。
引退ブログのタイトルどうしよっかなって考えてたら、まさかの僕が尊敬している関一の先輩である、弓氣田葵さんと全く同じになってしまいました笑
ゆげ、ごめんね!
普段は自分のことを表現する方ではないですが、この大学4年間、自分のサッカー人生を振り返りたいと思います。
感動的なことは書けませんが、自分の思いを正直に綴ったので、お時間がある時に読んでいただけたら幸いです。
〜 積み重ね 〜
自分のサッカー人生を振り返ると、
よくある美談とか、逆境からの成長物語みたいなものではない。
大きな挫折があったわけでもないし、
そこから奇跡みたいに這い上がった経験もない。
どちらかと言えば、淡々と現実を受け入れながら続けてきたタイプだと思う。
でも、そんな自分のサッカー人生も、思い返せばいろんなことがあったなって感じる。
【幼少期】
4兄姉の末っ子として生まれ、気づいた時には兄姉の影響でボールを蹴っていた。
土日は地元の少年団、平日はサッカースクール。
サッカースクールでは、あの檜垣裕志コーチの元で基礎を叩き込まれた。
延々とリフティングをしてた。
リフティングを落とすと怒られるのが嫌で、熱がないのに熱を測ったり、天気予報で雨マークを探したり、嫌々通ってた。
だけど今思えば、嫌々通ってたあの時間が自分のサッカーの土台になっていたと思う。
みんな、俺の恩師をバカにすんなよ。
【中学】
中学は、少年団の2つ上の上手な先輩がクラブチームに進んでいて、その人の背中を追いかけて同じ道を選んだ。
練習内容はマーカー鬼をした後に、ミニゲームをずっとやっていた。
とにかくサッカーをするのが楽しくて、毎日練習に行くのが楽しみだった。
この頃は、ただただ純粋にサッカーが好きでやってた気がする。
ビクビクビビりながら1個上の先輩たちに混ぜてもらったり、
自分の学年ではチームの歴史を変えることができたり、
振り返ると中学サッカーはすごく充実してた。
【高校】
高校はいろいろ選択肢があったけど、
・家から通える
・選手権に出られる環境
・頑張れば試合に絡める可能性がある
そして監督と直接話した時に、この人のもとでやりたいと思えたこと。
これらが決め手になって、関東第一に進むことにした。
いざ入学すると、周りのレベルの高さに驚き、そしてワクワクした。
どの相手と戦っても、自分たちが主導権を握って勝ちに行くサッカーは本当に楽しかった。
夏のオーシャンカップでは、響と晃太朗がいる大阪桐蔭をけちょんけちょんにしたのは、いい思い出。
もちろん、Bチームに落とされたり、試合に絡めない時期もあった。
反骨精神とかはあんまり持ってない人間だから、まぁ仕方ないかなんて思いながらも毎日頑張ってた。
でもその積み重ねのおかげで、3年生ではリーグ昇格、
そして全国高校サッカー選手権でベスト4という結果で終わることができた。
最後はコロナで辞退という悔しい終わり方だったけど、
それと同時に、人生で1番嬉しい瞬間と、1番悔しい瞬間を経験できた時間でもあった。
【大学】
進路を考えたとき、正直、サッカーを続けないという選択肢もあった。
でも、自分の中からサッカーをなくしたら、本当に何も残らないなって思った。
それくらいサッカーが自分の中心にあったし、離れた自分を想像できなかった。
そんな中で、尊敬している先輩がいたこともあって、農大を選んだ。
・1年生
スタートは社会人リーグ。
初めて途中出場した試合で、マティにアシストした。
その試合を最後に、Iリーグに個人昇格。
(ちなみにマティは点決めたのに昇格せず。しかも噂では、その後4年間ずっとSTだったらしい。)
Iリーグではとにかくレベルの高さに驚いた。
試合は全然勝てないし、自分のミスはいつも失点に直結するし、
大学サッカーってこんなにレベル高いんだって衝撃を受けた。
後期、怪我人が続出したタイミングで都リーグにスタメンデビュー。
そこから出たり出なかったりを繰り返しながら、関東3部参入戦のあたりで、ようやくスタメンで出られるようになってきた。
当時の4年生、特に大関くんにはめちゃくちゃビビりながらも必死に食らいついた。
そして迎えた関東2部参入戦は全敗。
山梨学院戦ではまた失点直結のミスをしてしまった。
関東3部参入戦で、明海大学に勝って3部昇格はできたけど、個人的には全然満足できなかった。
こんなんじゃ上でやれないなと痛感した1年だった。
・2年生
シーズンを通して、なかなか勝てなかった。
気づけばずっと残留争い。正直しんどかった。
でも不思議と、同じくらい楽しさもあった。
毎試合ワクワクできたのは、先輩たちが伸び伸びとプレーできる雰囲気を作ってくれていたからだと思う。
それまでの自分は、
「試合に出させてもらってるから、とにかく頑張る」
という意識だった。
でもこの年から、
「試合に出ている以上は、勝たせなきゃいけない」
という責任感みたいなものが芽生えた。
自分に自信ない性格だから、
「俺が出てていいのかな」
って思う日もあったけど、それでもチームのために必死にやった。
そして最終節、勝てば残留の慶應戦。
結果は、勝利して残留。
あの瞬間は本当に嬉しかったし、なにより残留させた4年生の姿がめちゃくちゃカッコよかった。
「この先輩たちのために頑張れてよかった」
心からそう思えたシーズンだった。
・3年生
この年は、1つ上の先輩の偉大さを改めて実感した1年間だった。
サッカーのことはもちろん、
サッカー外のことでもチームのために動く姿を見て、
「すごいなぁ」って心から感じた。
下級生の時は気づけなかったけど、
自分のためだけではなく、チームのために働きかけることの大変さ、
自分が上級生になって初めて、その凄さが分かった。
リーグ戦では勝ちを重ねて、
「このままいけば優勝できるかもしれない」
そんな期待があった。
でも優勝の可能性を残した最終節、
因縁の共栄大学グラウンドで、また自分のミスで敗北。(2年の時はPK献上、4年生の時はオウンゴール)
自陣でタッチミス → ボール奪われて失点 → 試合も敗北。
2部昇格はできたけど、優勝を逃した責任は自分にあった。
お世話になった 4年生に対しての申し訳なさと情けなさで、自分が嫌になった。
その試合後、児玉さんから主将に指名された。
でも、その時は正直まだ重みを理解しきれていなかった。
・4年生
いざ、主将としてシーズンが始まった。
今までのサッカー人生で、
主将や副主将のように、チームをまとめる立場を経験したことは一度もなかった。
現実主義で、チャレンジ精神も強い方ではない自分にとって、主将は正直、未知すぎる役割だった。
建悟くんみたいにプレーで引っ張るタイプでもないし、性格的にも前に立って声を出し続けるタイプじゃない。
「自分の存在意義って何なんだろう」
シーズンが始まる前から、そんなことばかり考えていた。
それでも、結果が出てくれればまだよかった。
でも現実は、シーズン前の練習試合から負けが続いた。
ネガティブな性格の自分は、そのたびに少しずつ自信をなくしていった。
普段の練習ですら、ミスを恐れながらプレーするようになっていた。
「こんな人間がキャプテンをやるべきじゃない」
本気でそう思っていたし、苦しすぎて、春合宿の夜に一人で布団の中で泣いたこともある。
毎日の練習が、楽しみよりもしんどさの方が勝っていた。
それでもシーズンは始まり、時間は待ってくれない。
結果は、シーズンを通して
2勝2分18敗。
降格が決まった法政戦。
本当に悔しかったけど、みんなの前では泣きたくなかった。
でも試合後、蛭子さんと話した時、
自分の無力感に耐えきれなくなって、自然と涙がこぼれた。
「ほんとに情けないな」
心からそう思った。
結局最後まで、
キャプテンとしても、4年生としても、
大きく変わることはできなかったと思う。
大人しい性格でも、
プレーがうまくいかなくても、
もっと背中で示さなきゃいけなかった。
サッカーでも、サッカー以外でも、
自分で限界を決めて、どこかで逃げてしまっていた。
口下手でも、
自信がなくても、
もっと周りに踏み込んで、
行動で示すべきだった。
それがキャプテンである自分の役割だったのに、そこから逃げてしまった。
今思えば、今年がサッカー人生最大の挫折だったのかもしれない。
それでも、この1年間を含めて、自分のサッカー人生を失敗だったとは思っていない。
胸を張って成功だったとも言えないし、うまくやれたとも思っていない。
でも、逃げたくなる瞬間や、自分の弱さと向き合わされる時間も含めて、これが自分のサッカー人生だった。
結果や肩書きよりも、
その時、自分がどう向き合っていたか。
何に悩み、何を感じていたか。
振り返ってみると、後になって残っているのは、そういう部分なんだと思う。
この経験を、これからどう活かしていくのか。
また逃げてしまうことも、きっとあると思う。
それでも、この1年間を通して、自分の弱さから目をそらさずに向き合うことの大切さを、痛いほど実感することができた。
誤魔化したり、なかったことにしてしまえば楽だった。
それでも、そうしなかった時間が、今の自分を作っている。
結果が出なくても、
うまくやれなくても、
自分から目を背けずに向き合い続けること。
それが、この4年間を通して、自分が1番気付かされたことだと思う。
みんなありがとう。
本当にお世話になりました。
【同期へ】
みんなが同期で本当によかったと思う。
自分にはない個性をみんな持っていて、もちろん全部ではないけど、人として尊敬できるところがたくさんあったよ。
みんなでくだらないことを話してる時間が本当に好きだった!
本当に 4年間ありがとう!
【後輩たちへ】
4年間という時間は、長いようで、本当に一瞬で、気づいた時には、もう取り返せないところまで時間は過ぎる。
児玉さんや蛭子さんが言っている「積み重ね」という言葉の意味を、もう一回しっかりと考えてほしいと思う。
自主練するでもいい。ルームに行くでもいい。
練習中にいつもより少し声を出すことでもいい。
変われるきっかけは、特別な出来事じゃなくて、毎日の中にいくらでも転がってる。
だからこそ、終わってから気付いて後悔する前に、1日1日を、ちゃんと自分のものにしてほしい。
これが、自分が4年生として、そしてキャプテンとして、唯一残せるものだと思っています。
引退してもずっとみんなのことを応援してます。
【番外編】
廉くん
あっという間に引退の時を迎えてしまいました。
廉くんの言葉で自信をもらった反面、期待してもらったほどの選手にはなれませんでした。
こんな自分を気にかけてくれて、本当にありがとうございました。
隆利くん
絶対に見てそうだし、書かないと怒られそうなので書きます!
大学の時はたくさん面倒を見てくれて、卒業後も温泉に連れて行ってくれたり、就活のアドバイスをくれたり、本当に感謝しています。
ありがとうございました!
榮村くん
飲みに連れて行ってくれたり、就活の相談に乗ってくれたり、本当にありがとうございました。
引退後も応援に来てくれて嬉しかったです。
これからもお世話になります。
かい
その影響力を良い方向に持っていければ、絶対に農大はもっと強くなるよ!
抱え込みすぎずに、かいらしく!
ゆうま
ゆうまみたいに際行けるようになりたかったわ笑
ゆうまのことは1番応援してるよ!
中條
中條さん、期待してます。
けんたろう
俺はけんたろうのことずっと待ってるからね!
嘘つかないでね!
赤木
もっとお前と一緒にプレーしてみたかったよ。
赤木らしく、忖度なしの言動でチームを引っ張れ!
たかし
俺と同じでもっと周りに発信できるようにならないとな。
それができれば絶対最終ラインに君臨できると思う!
たかしがブラザーでよかったよ!
井口
来年くらいは1年間稼働しろよ。
試合中の口調だけ気をつければお前は完璧だよ。
たかはしあおい
あおいも優しい人間だから、あんまり抱え込まないようにね。
チャリありがとう!まだ使います!
いとにー
お前の行動は良くも悪くも目立つ。
それを良い方向に持ってけば、周りにも良い影響を与えられると思うよ!
たいき
いつでもキック教えてあげるから連絡してね!
お前が本気出せばなんでもできるよ。
だからこそもっとやる気を態度に出して頑張れ笑
東海
入学当初とは比べられないくらい、ギュンギュンになっててびっくりしたよ。
反骨心を持つことも大事だけど、ネガティブになりすぎないようにな!
たける
最後の少しの期間で、たけると組んだツーボラは最高に楽しかったよ!
たけるなら大丈夫、期待してるよ!
【農大スタッフの皆様へ】
児玉さん
最後まで頼りない主将で、本当に申し訳ございませんでした。
この4年間を振り返ると、自分をメンバーから外すべきタイミングは何度もあったと思います。
それでも最後まで自分のことを信じ、試合に起用し続けてくださり、本当にありがとうございました。
失点に直結するミスをしてしまった時も、深刻になりすぎないように笑って声をかけてくださったおかげで、必要以上に落ち込まずに前を向くことができました。
児玉さんのもとでサッカーができたことを、心から誇りに思います。
蛭子さん
1年生の頃から、技術面だけでなく、自分たちが本気でサッカーに向き合うための言葉を、
何度も熱くかけていただき、本当にありがとうございました。
蛭子さんの一言一言が、自分に勇気を与えてくれて、この4年間で何度もその言葉に救われました。
筋トレは、社会人になっても頑張って続けたいと思います。
ゲンさん
特に今年は、本当に多くの場面でお世話になりました。
苦しいシーズンの中で、電話やグラウンドで
親身になって相談に乗っていただき、心から感謝しています。
サッカーの話だけでなく、ゲンさんの濃い人生経験の話を聞かせていただく時間は、楽しかったです。
苦しい時に支えていただき、本当にありがとうございました。
中垣内さん
いつもお会いするたびに、笑顔で挨拶をしてくださり、たくさんの相談に乗っていただき、本当にありがとうございました。
試合で中垣内さんの姿を見ると、「今日はきっと勝てる」と自然と思えるほど、心強い存在でした。
シーズン開幕から連敗が続いていた時期には、電話で相談に乗っていただき、自分の中に溜まっていたモヤモヤした気持ちを整理することができました。
改めて、感謝の気持ちでいっぱいです。
田口さん
今年1年間という短い期間でしたが、より選手に近い距離感で対話してくださったおかげで、
自分の本音を素直に伝えることができました。
プレー面だけでなく、主将としての在り方についても多くの助言をいただき、本当に感謝しています。
高津さん
今年は怪我が多く、練習や試合のたびにテーピングなどで、たくさんお世話になりました。
本当にありがとうございました。
グラウンドに高津さんがいると知るだけで、
自然と安心できて、気持ちが楽になっていました。
何気ない会話の中で、自分の素を出すことができたのは高津さんだけだったかもしれません。
勝手に第2のお父さんだと思ってます。
これからもみんなにたくさんテーピング巻いてあげてください。
秋吉さん
会うたびにたくさんのボケをかましてきて、
秋吉さんと会話する時は、自然と笑顔になっていました。
常に選手に寄り添い、考えてくださっていることを感じていただけに、降格という結果になってしまったことは、本当に申し訳なく思っています。
これからも、選手たちを明るく、そして温かく支えてあげてください。
砂川さん
このブログを見てくださっているかは分かりませんが、グラウンドでお会いするたびに声をかけていただき、「頑張れよ」と応援してくださったこと、本当に嬉しかったです。
試合中に聞こえてくる「ほりい〜!」という声は、自分にとって大きな力になっていました。
これからもお身体に気をつけて、元気に農大を応援する砂川さんでいてください。
【マネージャーへ】
選手たちが本気でサッカーに打ち込めているのは、日々チームを支えてくれているマネージャーの存在があってこそだと思う。
当たり前のように用意されているボトル、試合後に見返す写真も、今になって振り返ると、その一つ一つがすごくありがたかったなと感じてる。
普段一緒に活動している中で、マネージャーの立場だからこそ見えていることだったり、気付いていることもたくさんあったと思う。
そういう部分は、遠慮せずに選手やスタッフに伝えてほしい。
その一言が、チームにとって大事なきっかけになることもあると思うから。
これからも、選手たちが全力でピッチに立てるように、チームを支えてあげてください。
これまで本当にありがとう!
【家族へ】
まだ、感謝の言葉を伝えられていないので、
頑張って直接伝えたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
私のブログをもって、4年生の引退ブログは終了となります。
今シーズンは、7年ぶりに関東2部の舞台で戦うシーズンとなり、1部昇格、そして2部残留を目標にチーム一丸となって取り組んできました。
結果として降格という形になってしまったことは非常に悔しく、応援してくださった皆さまの期待に応えることができなかったことを、心苦しく思っています。
それでも、この1年間を通して得た経験や悔しさは、必ず後輩たちの力になり、次につながっていくと信じています。
来年は関東3部での戦いとなりますが、後輩たちが再びこの関東2部の舞台に戻ってきてくれると確信しています。
これからも東京農業大学農友会サッカー部への変わらぬご支援、そして温かいご声援をよろしくお願いいたします。
これまで多くのご支援、並びに応援を本当にありがとうございました。
〈思い出の写真〉








