まず初めにいつも農友会サッカー部を応援していただき誠にありがとうございます。
新型コロナウイルス感染症が流行している中、感染拡大防止にご尽力頂いている医療従事者の皆様、試合開催にご尽力されている関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
女性が羨むスタイルの持ち主。
農大1タレ目男
宗野椋太選手からご紹介預かりました。
農大のイブラヒモヴィッチこと
高橋理人です。
りょうた
足が遅いのにプレスバック頑張る奴は絶対俺のことやん。みんなに遅いことバレてないんだからあんま言うなよ。
ちなみに初速が苦手なだけね?
まありゅうきと海と翔太より速いからいっか‼︎
あ、後かつやよりも!
あまり前振りが長いとりゅうきに
何をされているー!!とクソでかい声で叫ばれそうなのでこの辺にしときます。
拙い文章ではありますが最後まで読んで頂けると嬉しいです。
「プロサッカー選手」
私はこの言葉に大事な18年間を捧げ、魅了され続けてきました。
サッカーをやったことある人なら間違いなく一度は憧れ、夢見るこの職業。
ありがたいことに18年間も追い続けることができました。
小さい頃には地域に沢山いた同じ夢を持つ同志も気がつけば自分1人。
周りの方にはたくさん応援をしていただき、試合を観に来てくれる人や結果を毎週のように見てくれている人もいて
これ以上ない幸せなサッカー人生でした。
ただこんなにもありがたい環境がある中で、サッカー以外の夢を追う者や1日1日を楽しんで好きなように生きる者を羨ましくなることもありました。
サッカーをやってなかったらもっと楽しいことに出会えていたかもしれない。
人生が華やかになっていたかもしれないと考えることもあった。
サッカーをしていたから
友達の誘いを何度も断った。
遠足に行けなかった。
修学旅行も途中で抜けることもあった。
体育祭や文化祭に出れなかったりもした。
クラス全員が参加する中学の卒業式の打ち上げに1人だけ出れなかった。
さらに生きていく上で悩みの8割。いや9割はサッカー。友人関係や恋愛、勉強は本当に大体上手くいくんだけどなあーー。
サッカーが余裕でいっちゃんムズイんよ。
そんな冗談はさておき
今までを振り返ってみると思い出したくないほど挫折だらけだったサッカー人生。
常にこの試練を乗り越えたら良い景色が見られると信じて日々立ち向かってきましたが
そんなことは全くなく、自分の前には常に巨大な壁が存在しました。
中学時代
高卒でJ1のプロが2人、大卒でプロが1人と現在決まっているだけでも同期から3人のプロが出た非常にレベルの高い環境の中で大きな挫折を経験しました。試合に出れない時も多く、自分にの無力さを痛感した。本当に悔しさしかなかった3年間。
高校時代
ユースになんとか上がれることができ、中学時代みたいな経験を2度としない為にも強い覚悟を持って取り組んだ3年間。結果的に1年生の頃から試合に出場することができ、選手として大きく成長することができた3年間だった。
高校3年間は大きな挫折をせずに思い描いた通りに進むことができた。
そんな中で自信を持って入学した大学生活
しかし…
1年生から3年生の冬まででtopチームの試合に出場した回数は1試合のみ。
1年生に至ってはセカンドの公式戦さえ1試合もメンバーに入ることができなかった。
スポセンで一緒に入学したかつや、田谷、かいと、疋田はすぐに不動のメンバーとして活躍していて、悔しさと共に恥ずかしいという感情を持つようになり本当に苦しかった。
また何が正解か分からず、先の見えない中で4年時に試合に出ることだけを考えて試行錯誤してきたあの瞬間は本当にしんどかった。
4年生になって試合に出られるようになるまでは地獄みたいだった毎日。
よく家で泣きじゃくっていたのも今となってはいい思い出です。
こんな経歴からも分かる通り
エリートからはかけ離れた
雑草のようなサッカー人生。
今までサッカーを辞めたいと思ったことがない。
常に楽しさを持ってプレーしてきた。
と言えばそれは確実に嘘となる。
練習に行くのが嫌になったこともあったし
試合に出るのが嫌になったこともあった。
さらにそれを通り越してボールタッチをすることが怖くなった時もあった。
そんな中でも続けてこれ1番の要因は
本気でプロサッカー選手を目指していたから。
サッカーが大好きだったから。
ゴールを決めた時に仲間が駆け寄ってくるあの気持ちよさに勝てるものはないから。
だからこそ1番になりたい。人より上手くなりたい
という強い思いを持ち続けることをやめることはなかった。
サッカー=楽しいもの
から年齢が上がるにつれて
サッカー=勝ち続けるもの、負けたくないもの
に変化し、常に結果を出し続けないといけないものと考え
結果だけを追い求めていくようになった。
毎日のように紅白戦の前に突きつけられる自分の序列。
毎日定期試験の点数と順位が学校中に張り出されているのと同じ感覚。
理想と現実のギャップに何度もやられてきた。
今日の練習で良くなければ次の日の自分の立ち位置が…
週末の試合で結果を残したのにセカンドのまま?
こんなことを考えていたら楽しいという感情はおのずと減っていった。
1日1日が自分にとっての勝負の日であり
生きるか死ぬか。
知らず知らずのうちにそのくらい自分にプレッシャーをかけていた。
ただ自分が自信を持って言えることは
結果を残して勝ち続ける為。
回ってきたチャンスを絶対に掴む為に
どんな状況、どんな立ち位置でも
全力でトレーニングに取り組み
自分に足りないものや必要なものを常に考え、ブレずにコツコツと継続してきた。
サッカーの才能や身体能力があまり高くないからこそ考えて考えて行動することや積み重ねることを意識した。
さらに筋トレや食事、体のケア
細部にまでこだわって取り組んできました。
勿論人間だから上手くいってない時期や調子が悪い日は
どうでもいいやと思うこともあった。
ただそんな時に考えていたのは
負けたくないならやれ。
勝ち続けたいならやれ。
自分の調子が良い時はやれる。
そんなもの誰にだってできる
今日できないのに明日できるなんてそんな無責任な話はない。
自分にとって困難な状況の時こそその人真価が問われている。
1番の敵は自分の中にある弱い心。
逃げるな戦い続けろ。
下を向いてる暇はないし、一喜一憂してる時間なんて必要ない。
そんな時間があったらもがいてもがいてもがきまくれ。
もがいた先に必ず見えてくるものがあるから。
苦しみのない成功なんて存在しない。
だからこそどんな状況だろうとこれからの人生も闘い続ける。
最後に勝つ為に。いや勝ち続ける為に。
サッカープレイヤーとしての物語はここでエンディングを迎えますが人生の物語はまだ序章に過ぎません。
来春より社会人というシーズン2が始まります。
サッカーと同じ熱量を持って取り組めば必ず明るい未来が待っているはず。
ギラつけ!!
やれ自分!!
最後になりますが
〜東京農業大学、横河武蔵野fc、FC明成のスタッフの皆様〜
ご指導ありがとうございました。
皆様のおかけで18年もの間サッカーと本気で向き合うことができました。
社会人になっても良い報告ができるよう日々精進していきたいと思います。
後輩へ
来年からは関東3部という今年よりもレベルの高い環境の中で優勝しなくてはいけません。
農大はこんなとこにいるようなチームではないし、それだけの練習を乗り越えてきていると思います。
しかし参入戦の結果からも分かるように今のままでは絶対にダメ。
新4年生を中心に一皮剥けた農大を見れるのを楽しみにしています!
絶対に関東2部に昇格してください‼︎
谷○へ
俺もみんなみたいに直属の後輩にメッセージ書きたかったなあ。
りゅうとへ
グルトレもブラザーも一緒で嫌だなぁ。
ブラザー会含め吉祥寺会は冬オフやります。
本当さドリブルのキレとか左足のシュートとか良いもの持ってんだからさ来年は活躍しろよ?
大好きな居酒屋での活躍は程々にピッチで躍動して!冬でも日焼け対策忘れるなよ?
飯泉へ
彼女の投稿の最初の写真に自分のピン写持ってくるのやめなぁ。
なんだかんだ毎日のようにりひとくん。りひ〜って話かけてきてくれて嬉しかったぜ。
どんな状況でも俺のボケをツッコんでくれてありがとな。
来年は試合出てくれよ!頼むよ!
吉祥寺会でのLemon期待してるわ!
マネージャーへ
自分がプレーするわけでもないのに
朝練であんな時間に起きたり
真夏でいるだけで日焼けする時期に帽子に長袖長ズボンでキンキンの水をくれたり
真冬の凍えるような寒さの日に怪我人の氷作っていたり
なんの見返りも求めず相手の為に行動できるマネージャーの存在は選手から見ても偉大な存在でした。
勝った瞬間に出ていた選手と同じかそれ以上に喜んでくれるマネージャーがいたからこそ次も絶対に勝ってやろうと思えました。
今まで本当にありがとう!
同期へ
4年間嬉しいことも辛いことも一緒に経験できて本当によかった。
決して良いことばかりではなかったし、時には厳しい声をかけた時もあった。
馴れ合いなんてものはなく、1人1人が目標を達成する為に本気でぶつかりあってきた。
みんなと真っ正面から向き合ってきたからこそ芽生えた感情もあった。
同期が活躍して自分のことのように嬉しかったのは人生で初めてだったし
苦しそうな時や困っている顔の同期を見ると全力で助けてあげたいと思うようになった。
試合前にはカテゴリーに関わらず応援の言葉をかけあう同期。
何か悩んでいたら話を聞いてアドバイスまでくれる同期
そんなみんながいたから4年間頑張ってこれた。
この言葉に尽きる。
だからこそみんなともっと良い景色が見たかった…
目標に掲げた関東2部には届かなかったけど
みんなと過ごした4年間は一生の宝物です。
これからもよろしく!たくさん飲もうな!
みんな愛してるよ!
友人へ
小中高とサッカーから一歩離れた部分で本当にお世話になりました。
小さい頃から他の人に比べて誘われた遊びに対して断ることが多かったのにも関わらずどんなに断っても、毎回誘ってくれるみんなにとても救われました。
今では行けないのが当たり前すぎて、サッカーの予定に合わせてくれてありがとうね。
悩み続ける性格の自分が
サッカーのことを忘れて楽しくいられる数少ない時間。
そんな瞬間を作ってくれてありがとう!
これからも本当に宜しく!
両親へ
18年間本当にありがとう。
サポートって言葉よりも
一緒に闘うって言葉が似合ってるかな。
小さい頃からいつも全力だった母。
小学生の時は毎日朝早起きして学校行く前の自主練に付き合ってもらったりしたね。
中学生になって以降は栄養バランスを考えた食事を作る為に必死に調べて本当に毎日毎食こだわったご飯を作ってくれてありがとう。
体を大きくする為に中学校で1人だけ給食ではなくお弁当にしてもらったりと今の身長があるのは間違いなく母のおかげだと思ってます。
試合に負けた時や中々試合に出れない時に俺よりも悔しがって悲しんでるし
活躍した日は家に帰ると走って玄関まで来て喜んでくれて
母が1番の頑張る原動力でした。
熱すぎる父
18年間サッカーをさせてくれてありがとう。
仕事中にも関わらず毎日のようにサッカーに関するLINEをしてくれたね。
試合前には気合の入る言葉を送ってきたり
悩んでいる時には格言みたいな言葉の切り抜きを送ってくれる。
常に息子のサッカーのことを考えている父
どんなに疲れていても毎週末関東各地に試合を観に来てくれて
朝練も最寄りの始発だと間に合わないから4年間隣の路線の駅まで送ってもらったり本当に頭が上がりません。
そんな姿を男として尊敬してます。
いつか自分も息子ができて大きくなった時にかっけえと思われるような父親になります。
2人共18年間支えてくれてありがとう!
次は自分が恩返しできるよう頑張ります。
最後までご拝読頂きありがとうございました。
明日は農大の守護神であり
それでいうと。知ってるよ。の使い手。
オフの日には疋田の運転手と化しどこまでも車を走り続け
同期や後輩に自慢の肉体美を触らせニヤニヤしていると噂の
千葉隆弘選手のブログとなります。
農大のゴールマウスを2年半守り続けた千葉選手からどんな話が聞けるのでしょうか?
お楽しみに!