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2020

四年生ブログ 関根一真 〜サッカーの審判である理由〜


まず初めに、新型コロナウイルスへの対応が長期化するなか、第一線で奮闘されている医療従事者の皆さまに対し、心から感謝申し上げます。


天性のスマイルを持つ、無類のバルサ好き

スーパードリブラー 須場康太郎選手から紹介預かりました。

東京農業大学農学部農学科4年の学生審判、関根一真です!

所属を名乗らないと部員でも自分がどういう奴だったか知らなかったことでしょう。

OBや今年ほとんど絡んでない1年は「学生審判の関根一真?誰だ?」ってなっているに違いない。笑

 

そう、自分はみんながいる世田谷キャンパスではなく、厚木キャンパス農学部農学科に所属しながら農大サッカー部と関わり、且つ審判をやっています。

(ただ飲み会だけに来る人じゃないよ。笑)

自分がこんな中身もレッテルも特殊人間であることを知ってる部員は意外と少なかったのではないでしょうか。

ひなたは初っ端から厚木の女にも詳しかったけど。笑

荒れないようにゲームコントロールして、それではキックオフ!

~サッカーの審判である理由~

ほかの4年の選手やマネージャーのように何も残せてない自分がこのブログを書かせてもらえるなんて恐縮ですが、

せっかくなのでこれまでの生い立ちやなぜ僕が審判をやっているのかを本音で書いていきたいと思います。

好き勝手書くので需要があるか分かりませんが、色んな人に見てもらえると思うので最後まで見てもらえればありがたいです。

そもそも部との関わり始めは2019年1月。

大学2年も終わりの頃に学連絡みで三浦さんと繋いでもらい、2019年シーズン初めのミーティングで挨拶したのが始まりだった。

体育会サッカー部に審判として関わることに、自分はどういうテンションで行けばいいのか、

部に審判として関わることを受け入れられなかったらどうしようか、

と、とても緊張していたのを今でも覚えている。

しかし、ミーティング後すぐの練習試合でみんなから温かく迎え入れてくれてとても安心した。

と、同時に「自分がなんでもっと早くから来なかったんだ!」と強く、強く感じた。

それまでの自分の生い立ちを振り返ると、

ボールを蹴り始めたのは幼稚園年長。

後に中学まで約10年間一緒にサッカーをやって、父親同士も同級生である幼なじみの影響でボールを蹴り始め、小学校入学と同時に地元である鎌倉のサッカーチームから本格的にサッカーを始める。

中学は横浜のクラブ、高校は1年次にインハイ県ベスト4になった神奈川の公立高校に入り、実はキーパーとしてプレーしていた。笑

しかし、そんな中での自分というと、中学ではレギュラーになれず、高校でも試合に出れない日々が続き、もがいていた。

「サッカーが好き」

でも続けていくレベルには到達していないことは小学校のころからある程度の限界を感じていた。

そんなとき、たまたまサッカー番組で審判を取り上げているテレビを見て、審判に興味を持ち始める。

ちょうどその頃、高校でユース審判を育成する研修会があることを知り、高校1年で3級を取得する。

高校まで選手をやったら、小学校のチームでコーチをやる事に決めていた自分は「コーチとして審判資格もあった方がいいし、3級だとかっこいいだろう」と思って当時は取得した。

当時を回想すると今日まで審判を続けるなんて思ってもいなかった。

高校までは選手メインで、審判は自分のチーム以外の練習試合を吹く程度。

だが、高3の冬にたまたま高校生のユース審判として県で選抜された全国大会のアポイントで全国のユース審判員と出会う。

そこで同年代の審判員や指導者の方々から感化された自分はここからより本気で審判を続けていくことを決意する。

高校を卒業後、農大へは父親の仕事の影響もあって受験し、入学。

大学入学後は農学を勉強する学生の傍らで土日に審判をするという学生生活を送った。

大学1年の冬に2級に昇級。

現在は関東・神奈川を中心に審判活動をしている。

生い立ちは以上で、後半戦!

本題の【僕がサッカーの審判である理由】。

それは、「サッカーが好き」だからの一言に尽きる。

前述の通り、自分は中学・高校で試合に出れず、大学でサッカーを続けることは不可能なレベルだった。

そう感じた自分は選手引退後もこれから好きなサッカーに関わるにはどうしたら良いか。

その答えが今となれば審判だった。

もともと、コーチになる目的で取った3級だったが、審判として見るサッカーはまた面白く、自分をワクワクさせた。

最近では流行語のDOGSOや、全体飲みでバカウケのVARなど、ルールについてより深く考えられる。

そして何よりも、選手の時とはまた違う、試合を委ねられてる責任感はどんな試合でも審判をするやりがいだった。

他にも、審判は色んな仕事やバックグラウンドを持った人達がいる。

教員や研究者、サラリーマンから大手メーカー勤務まで。

そういった人達と試合後にもう1試合、笛と旗をジョッキに持ち替えて色々な話や相談をするのもまた、審判ならではの楽しみでもあった。

(結局飲み会だった。笑)

そういった感じで僕は審判をやっている。

(アディショナルタイム!)

引退ブログなのに、ただ自己紹介を語っているので、少しだけこれからについても書きます。笑

みんなの学生としてのサッカー、そして大半はサッカー選手としての人生が終わろうとしてます。

昨日、粛々と引退試合を行った自分も農大の学生審判としては引退しますが、これからも審判は続けます。

むしろこれからです。

例えば、ワールドカップの審判は日本から3名しか派遣されません。

それまでいくら成功を収めた審判でもたった1回のミスで試合をコントロール出来なければ…

それまでの評価はなくなり、切られてしまいます。

それくらい審判というのは選手以上にシビアな世界です。

それでも僕は審判を続けます。

可能な限り日本のトップカテゴリーを目指します。(ジャンルカロッキさんにはなれないだろうけど、公平。笑)

珠里や明みたいにこれからも第一線でサッカーをやる人たちとは、またピッチで会えることを今度の目標にこれからも頑張ります。

(ちなみに今年唯一会ったのはガジくん。笑)

「サッカーが好き」

この熱量がある限り、審判を続けていきたい。

選手では立てなかったピッチに審判として立ちたい。

ただ続けていくだけでない。

公平や大関が捻挫せずに選手たちが安全で、嵩が和田に食らったタックルがファールならファールと取って、エキサイティングなゲームが提供できるようにしたい。笑

冗談挟みましたが、これがサッカーの審判である理由であり、僕の真髄です。

長くなりましたが最後に!

農大サッカー部でこんな自分を迎え入れてくれた三浦さんはじめスタッフの皆様、いつ行っても絡んでくれた4年生中心に部員には本当に感謝しています。

ありがとうございました。

引退といっても、個人的には引退じゃなく、むしろこれからなのでこれからも審判しに農大には行きます!

試合がなければ、またイコちゃんを圧倒した走りをするので徳さんメニューお願いします。笑

最後まで拙い文章で、ムダにアツいブログを読んでいただきありがとうございました。もし、この自己紹介を読んで審判と僕との飲み会に興味がある人、連絡待ってます。

試合終了!!ありがとうございました!

明日のブログは、

せっかくLINEで「どう繋いでほしい?」って聞いたのに、「なんでもいいよ」と相変わらず雑だけど先輩マネのウケは良い(笑)

久永蘭馬選手です!

らららららーらーらー♪

乞うご期待。



WRITER:石田明
コメント
名前

内容


佐藤 宇宙
2020-12-11 20:36:36

この前のフロンターレ戦でほんといい審判だったの覚えてます!選手に強く言わずに丁寧に説明してくれてこころよくサッカーの試合ができました!山梨学院