みんなにいじられてるけど本当は頼れる主務、小長裕也からバトンを引き継ぎました。
今回のブログは、中学生の時に国語が出来なさすぎて帰国子女と間違えられた、マネージャーの佐々木海帆がお送りします。
小長からの過剰な紹介でハードルが上がってる気がしますが、上の通りなのであまり期待しないでください笑。
そしてひとつ言わせてください。
名前の字、間違ってるから!!!
マネージャーのブログ4回もいらねーよ!とか、1ヶ所に固まりすぎだろ!とか、思うかもしれませんが、私で最後なので許してください!笑
マネージャーラストということで、他の3人と話が被ってしまう部分もあると思いますが、精一杯今私が思っていることを書きました。広い心で読んでいただけると嬉しいです。
「マネージャーなんて良くできるね」
この4年間、何度も言われてきた言葉です。
そのたび私は、選手の方がよっぽど大変だから!、と答えてきました。
でも最近になってようやく、この質問の正しい答えを見つけたような気がします。そこにたどり着くまでの話をここでしたいと思います。
そもそも私がなぜサッカー部のマネージャーになろうと思ったかというと、ただ単にサッカーが好きだからでした。
高校1年生の冬、父親に連れられて初めてJリーグの試合を観に行ったとき(小さい頃には行っていたそうなのですが、覚えてません笑)、こんなに面白くて、楽しいものがあるんだと衝撃を受けたのを今でもよく覚えています。その試合は応援していたチームが負けてしまったにも関わらず、このときから私はサッカーに夢中になりました。
それからだんだんと、ただ試合を観に行くのだけではなく、もっと近くで観たい、支えたい、と思うようになり、第一志望の大学を農大に決めると、すぐにサッカー部があるのかを調べました。入学できたらマネージャーをやってみたいな、という気持ちをモチベーションにして勉強してたくらいには、私はサッカー部に入ることを楽しみにしていたんです笑
しかし、いざ入学し、サッカー部に入部した私は2つの問題に直面しました。私はそれまでに運動部に所属したことはほとんどなく、いわゆる体育会系のノリというものがわかりませんでした。先輩後輩のつきあい方がわからなかったり、みんなの話についていけないことも何度もありました。今はすっかりなれましたが笑。
さらに(こっちの方が大分問題!)私は小学校、中学校、高校と女子校で育ち、同い年くらいの男子としゃべったことがほとんどなかったんです。当時、部員のことは正直にいうと宇宙人に見えてました笑。
1人で話しかけられないから同期マネの誰かについてきてもらったり(瞳の背中越しに話しかけたこともあったね笑)、今思えばよくそんな状態で入部したなという感じです...。あの時の私はさぞ絡みづらい変なやつだったことでしょう笑(え、今も?)。戻れるならあの頃に戻ってやり直したい!笑
そんな感じだったので、みんなと普通に喋れるようになるには結構時間が必要でした。私はビビりなコミュ障なので、ほんとはみんなに話しかけたかったけど話せないことがたくさんありました。
Jリーグの話や好きな漫画の話、他にも色々混ざって話したかったんです!もう最後なのでこれからは積極的に混ざりにいくつもりです笑。私と話してもいいよっていう優しい人は付き合ってあげてください!笑
話がそれました笑。おそらく他の人とはちょっと違ったマネージャー生活だったと思いますが、私なりに頑張ったと胸をはれるのはカメラとビデオ作りだったと思います。
この4年間で撮ったみんなの写真は1万枚を余裕で越えているし、2、3年の時に作ったビデオの数は9個!もうネタ切れです笑。今年はずっとやりたかったデジっちもやらせてもらって、大変だったけど作るのはやりがいがあって、すごく楽しかったです。
みんなのアイコンが私が撮った写真になっていたり、私が撮った写真はすぐわかるって言ってもらえたり、ビデオを見て喜んでいるみんなの反応が見れたりすると、とっっっても嬉しくて、マネージャーをもっと頑張ろうといつも思ってました。
これももちろんマネージャーを続ける理由のひとつです。もうひとつの理由は今年の8月の復帰した時に気がつきました。
私は今年の5月から7月の3ヶ月間、勝手ながら大学院の入試のためにお休みをもらっていました。
休んでる期間中、勉強が嫌になったとき、プレッシャーを感じて怖くなったとき、自信がなくて落ち込んだとき、なんどもみんなに助けてもらいました。サッカー部のLINEが動いているのを見るとやる気になったし、図書館から頑張ってるみんなの姿を見て私も頑張るって思えたり、公式戦を観に行って勇気をもらったり、みんなは知らないだろうけど、たくさん力をもらいました。
そして入試が終わって3ヶ月ぶりに部活に出た日、私は顔がゆるむのをどうしても抑えられないくらい幸せな気持ちで一杯でした。その時の私の顔を見た人はきもって思ってたよね、きっと笑。でもそれくらい部活に出れたのが嬉しかったんです。
つまりなにが言いたいのかというと、私がマネージャーをやる理由は、みんなが楽しくサッカーをしてるから、で十分なんです。
みんながサッカーしてるだけで
笑顔になれるし、
勇気をもらえるし、
幸せになれる。
そんな人間がここにいます。
だから私はマネージャーを続けられたんだと思います。
最後に
同期へ
院試で休むって言ったときこころよく送り出してくれて、
大学で会ったら勉強進んでる?って声かけてくれて、
試験中に頑張れってLINEくれて、戻ってきたときにはおかえりって言ってくれて、
本当に本当にありがとう。
バーベキューの時には受かってなかったら戻りにくいなって話をしたら、頑張ったならいいんだよって言ってくれて(本人覚えてるかわかんないけど)、どれだけ気持ちが楽になったかわかりません。
普段のみんなの掛け合いとか、学年ミーティングの空気感とか、みんながサッカーしてるところとか、こんなこと言ったことなかったけど大好きでした!
あと何回見たり、味わったりできるかわからないけど、最後まで目に焼き付けておこうと思います。
なんども聞いてると思うけど2年の時のサプライズはこの4年間で最高の思いでです!
後輩マネへ
こんな頼りない先輩にいままで着いてきてくれて、そして3ヶ月休みをもらうっていうわがままをきいてくれて、本当にありがとう。
私が最後までやりきったんだから、みんなもきっと大丈夫!部活のためにみんなで協力して、話し合って、時には全力でぶつかって、そして仲直りをして、最高の4年間にしてください!
私はあと2年間まだ学生のままなので、なにかあったらいつでも呼んでね、すぐに駆けつけます!笑
そしてちょっと恥ずかしいけど同期マネへ
瞳は元気で、楽しくて、面白くて、そこにいるだけでその場の空気が明るくなるような、そんな存在だよ(ちょっと誉めすぎ?笑)。そんな瞳に助けられることも多かったな。そのままの瞳でいてね!でも、私がちょっと言葉使いが悪くなると、「海帆はそんなこと言っちゃいけません!」って、よく怒られるけど、もう染み付いちゃったから諦めてね笑。
ひよりの第一印象は、いままで関わったことのない人種だ、だったな笑。始めこそ喋るの緊張したりしてたけど、今ではなんでもはっきり言えるところや、誰の前でも堂々としてるところ、尊敬してるし、ちょっと憧れてます(こんなこといったら私もキモいっていわれるかな?笑)。母の日にお菓子もらった時は驚いたけど、私からしたらひよりの方がお母さんみたいだったよ。
七海はこの4年間会わなかった日の方が少なくて、ほんとにずっと一緒だったね。部活の相談したり、課題の愚痴を言ったり、共有したものが多すぎてなにを振り替えればいいかわかんないくらい笑。健康診断で隣だった子が体験入部の時にいて、すごいびっくりしたのが最近のことのようにも、すごく昔のことのようにも感じる。七海がいなかったら入部する決心はついてなかったかもしれない。お互い様だね。私に対してはツンデレだけど、いつも笑顔で気遣い上手な優しい七海ちゃん、みんなが好きになるのもわかるなー笑。七海は引退しても授業で会うから寂しくないね笑(うるさって声が聞こえる)。
性格バラバラな4人だったけど、この4人が同期で、一緒に部活ができて、本当によかった!引退してからも集まっていろんなことがしたいな!
こんな機会じゃないと気持ちを伝えられない両親へ
いつの間にか選手の名前とか覚えてて、私がマネージャーになったことをめちゃくちゃ楽しんでたパパ
一歩引いたところから見守ってくれて、愚痴を聞いてくれたり、時には諭してくれたママ
いままでたくさん心配をかけたよね。4年間私のやりたいことを応援してくれてありがとうございました。まだ初任給で恩返しって訳にはいかないけど、いつかきっとするのでもう少し待っていてください!
先輩方、後輩のみんな、スタッフの方々、保護者の方々
感謝を伝えたい人がたくさんいます。幸せな4年間を本当にありがとうございました。
だんだん涼しくなってきて、いつの間にか暑い中、水ー!氷ー!、って走り回る部活は終わってしまっていました。知らないうちにいろんな最後が通り過ぎて、あっという間に引退になってしまうんだなって想像すると寂しいけれど、「本当に最後の時」はちゃんとみんな「笑顔」で迎えられるように、全力で走り抜けたいと思います!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
明日のブログは、ガジこと佐藤良祐選手です!
私はいまだにこのあだなの由来がよくわかってません笑。
はたしてどんなブログになるんでしょうか?
お楽しみにー!