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2026

新3年ブログ〜藤井 大樹(矢板中央高校)〜

日頃より東京農業大学農友会サッカー部を応援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。


新3年生。

立場が変わる今、それぞれの胸にある想いもまた少しずつ変化しています。


そんな“今”の気持ちを、一人ひとりの言葉でお届けします。



是非最後までご覧ください!!




新3年生ブログ  No.23


『俺のNo.1サポーターへ。』


藤井 大樹(矢板中央高校)


初めてのブログなので、拙い部分もあると思いますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。



つい最近大学に入学したはずなのに、気づけば大学3年生。小学1年生から始めた自分のサッカー人生も残り2年を切っていると考えると、あっという間に感じる。




毎年、年末年始にテレビで放送されている



「全国高校サッカー選手権大会」



自分がまだ小学3年生くらいの時、初めてそれをテレビで見た。



5万人の観客、スタジアムに鳴り響く吹奏楽、その中でサッカーをしている選手たち。




かっこよすぎた。





「俺も絶対にこの舞台に立ちたい」






そう強く思った。




中学3年生になり進路に迷っていた時、みんな一度は見たことがあるであろう、あの試合を見た。



選手権準決勝

静岡学園 対 矢板中央



堅すぎる守備。




通称「赤い壁」




その「赤い壁」に憧れてセレクションに行き、

特待はもらえなかったものの、スポーツ推薦をもらい入学が決まった。




部員数は250人近くいて、自分の学年は約70人が入部した。





3月末には入寮し、4月半ばから始まるルーキーリーグのメンバー選考がすぐに始まった。



ルーキーリーグのメンバーに入れるのは25人。



1学年に25人の特待生がいるため、最初は特待生がメンバー候補だった。



自分は特待生ではなかったため、当然メンバー候補には入っていなかった。



それでも、入学して初めての練習試合で活躍し、一発でルーキーリーグのスタメンまで上がり、背番号5番をもらった。




特待生ではないのに、一桁の背番号は自分だけだった。






ルーキーリーグ開幕から2試合連続でフル出場し、チームも2連勝した。




その次の週に国体のセレクションがあり、ルーキーリーグのスタメン11人が参加することになった。




矢板中央からは3人のみ。

その中に選ばれ、国体選手にもなった。




ルーキーリーグに出られない試合もあったが、一年間全試合メンバー入りした。





2年生になり、プリンスリーグ開幕前まで

トップチームに入れてもらっていた。





しかし、走りのキツさや先輩が怖くてメンタルがやられ、セカンドチームに落ちた。




それでも3年生になるタイミングで、再びトップチームに入ることができた。




「選手権の舞台に立つ」






その目標に向かって順調に進んでいると思っていた矢先、自分のサッカー人生を大きく変える出来事が起こった。





2023年5月17日。

1対1の練習中、無理な体勢から相手にぶつかり

に行き、バランスを崩した。




それを無理に耐えようとした瞬間、膝が曲がってはいけない方向に曲がった。





「ブチッ」





強烈な痛みと、身体の中で鳴ってはいけない音がした。





次の日、地元に帰り両親と病院へ行った。




診断は、






右膝前十字靭帯断裂、半月板損傷。






全治10ヶ月。






「もう高校でサッカーはできない」




そう言われ、診察室で声を上げて泣いた。





本気で死にたいと思った。




何のために地元を離れ、辛い練習を乗り越えてきたのか。




久しぶりに会った両親に、嬉しい報告をしたかった。




父は小学生の頃から、どんなに遠い試合でも毎回見に来てくれていた。





高校に入ってからも、毎週栃木まで応援に来てくれたり、金沢遠征にも新幹線で来てくれた。




おそらく、父が来なかった試合は片手で数えられるほどだと思う。




試合後には毎回、良かったところと悪かったところをLINEで送ってくれていた。




「大樹が選手権の舞台に立つという夢は、俺の夢でもある」




父はずっとそう言ってくれていた。




その目標を果たせなくなり、悔しさと申し訳なさでいっぱいになった。




もうサッカーはやめようと思っていた時、父がこう言ってくれた。






「大学サッカーをやって、関東リーグの舞台に立とう」






もう一度、自分がピッチに立つ姿を父に見せたい。



そう強く思った。




10ヶ月間、毎週埼玉の病院に通い、リハビリを続けた。




そして農大に入学。




入学当初は復帰できず、6月からのスタートになった。




やっとサッカーができる。




嬉しくてたまらなかった。




でも、この怪我はそんなに甘くなかった。





身体は思うように動かず、どんなプレーをするにも膝の恐怖心が強すぎる。




球際に行く瞬間、あの怪我の瞬間がフラッシュバックする。





そのせいで、一歩引いてしまう。




「もっと球際行けよ」




自分でも分かっているのに身体がついてこない。




得意だった空中戦も、膝が怖くて思い切りいけない。




病院の先生には、





「恐怖心がなくなって元のプレーに戻るまで3年以上かかる。元に戻れない選手もいる。」




と言われていた。




分かってはいたけど、やっぱり元のプレーができない自分にイライラし、何度もサッカーをやめたいと思った。




練習試合にも出られず、練習だけの週もある。





メンバーに入っても試合に出られるか分からず、父に試合があると胸を張って言えない。




それでも父は、




「大樹なら必ずできる。」




と言い続けてくれた。





申し訳ない気持ちでいっぱいだった。




それでも、このまま負けたまま大学サッカーを終わりたくない。




父に恩返しをするためにも、必ず関東リーグの舞台に立ちたい。





そのために、膝の恐怖心を少しでも減らせるように、サボっていた筋トレも再開し、オフ期間走りまくった。





今年のオフ明けの走りは、過去1頑張った。




けど、まだ何も結果を残せてない。




ここからが本当の勝負である。




もう一度ピッチに立ち、父に自分が戦っている姿を見せるために。




これからも努力を積み重ね、必ず関東リーグの舞台に立てるように頑張ります。




応援よろしくお願いします。






最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回は町田 涼介選手です。

お楽しみに!


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