日頃より東京農業大学農友会サッカー部を応援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。
新3年生。
立場が変わる今、それぞれの胸にある想いもまた少しずつ変化しています。
そんな“今”の気持ちを、一人ひとりの言葉でお届けします。
是非最後までご覧ください!!
新3年生ブログ No.19
『走り続ける意味。』
中川 翔太(目白研心高校)

初めてのブログなので、拙い部分もあると思いますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
まず、本題に入る前に同期に感謝を伝えたい。
入った時はパスコンもまともにできないような技術力。
何の実績もなく、サッカーにおいて足を引っ張ってばかり。
それでも寄り添ってくれて、自主練や筋トレに付き合ってくれた。
その全てが今の俺を作っていると思う。
本当にありがとう。
特に開発のメンバー。大好きです。
同期にはまだ何一つ返せていない。
そんな自分が悔しくて。
あまり書きたくない内容だったけど、自分を奮起させるためにこのブログを書きました。
それでは本題に入ります。
走り続ける意味。
昔から、表にはあまり出さないが、負けるのが嫌いな子供だった。
はっきり言えば、変にプライドが高く、それが傷つくのをひどく嫌っていたのだと思う。
中途半端なプライドばかりが先行し、負けるのが怖くてたまらない。正直、大事な試合の日程が近づくにつれ、緊張で頭がいっぱいになる。そんな時、俺はいつも土手沿いを走っていた。
走っていれば余計なことを考えなくて済むし、何より自分のプレーに対する「言い訳」ができるからだ。
「今日は走ったんだ。もし結果が出なくても、万全の準備はしたはずだ」
そう。俺にとって走り続ける意味は、中途半端なプライドを守るための防衛策に過ぎなかった。
長期オフ明けのクーパー走も、2月の追い込み期間も。
「タイムに入ればいいんでしょ」
そんな投げやりな気持ちで臨んでいた。一本目から全力で入ることを恐れ、いつもどこかで「楽がしたい」「もう無理だよ」と限界を決めていたのかもしれない。
だから、プレーが上手くいかない時期に、自分を肯定できる材料が何一つ残らなかった。
積み重ねてきたものが、あまりに薄っぺらかったからだ。
気づけば大学生活も3年目。残された時間はもう、半分もない。
残り少ない大学サッカーを前に、ようやく気づいた。
自分が積み上げてきたものの軽さに。
走り続ける意味。
それはきっと、試合前の緊張を紛らわすためでも、負けた時の言い訳を作るためでもない。
誰よりも、自分自身が納得できるまで追い込み、逃げ場のない揺るぎない自信を積み上げるためなんだと思う。
中途半端なプライドはもう捨て、重みのある積み重ねを、積み上げていこう。
そう心に刻み込む。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
次のブログはきっと平澤君でしょう。
文豪の彼がどんなブログを書くのか気になって夜も眠れません。。
次回は平澤 諒珂選手です。
お楽しみに!

