日頃より東京農業大学農友会サッカー部を応援してくださっている皆様に心より感謝申し上げます。
新3年生。
立場が変わる今、それぞれの胸にある想いもまた少しずつ変化しています。
そんな“今”の気持ちを、一人ひとりの言葉でお届けします。
是非最後までご覧ください!!
新3年生ブログ No.30
『諦めない理由』
山田 頼(三菱養和SC・Y)

来年には卒業ブログを書くと思うので、今回は手短に大学での2年間を振り返り、今後の目標について書いていこうと思う。
私は、農大サッカー部に入部した時、目標として掲げたことが2つある。
・怪我から完全復帰し、100%の状態でプレーできる身体を作ること
・農大サッカー部に貢献すること
この2つの目標を達成するために、この2年間、日々自分と向き合い続けてきた。
大学サッカーは怪我からのスタートとなった。
入部してからの半年間、リハビリに専念し、100%の状態でプレーできる身体を取り戻すために試行錯誤しながら色々なリハビリ行ってきた。
そして11月に30分間という時間制限はあったものの、年内最後の練習試合で、入部して初めてピッチに立つことができた。
決して満足できるプレーではなかったものの、ピッチに帰ってくることができた嬉しさがあったことを覚えている。
その頃には、身体の状態も70%ほどまで回復していた感覚があった。
迎えた2年目。
2月始動の千葉合宿。
これまで合宿など環境が変化するたびに、怪我を繰り返していた自分にとって、最後まで怪我なく乗り越えられたことは、完全復帰に向けて順調に進んでいる実感があり、自信にもつながった。
しかし、千葉合宿の終盤から身体に異変が起きた。
左足全体の痺れ、背中や胸の痛みを発症。
農大で2試合目となる練習試合に30分間出場したものの、症状が悪化し、帰りの電車では立っていられないくらいの圧迫や息苦しさがあった。
チームから離脱し、検査入院した結果、「胸椎海綿状血管腫」と診断された。
ここにきて怪我ではなく病気を発症。
「なんで今このタイミング」
「なんで俺」
「なんで...」
やり場のない怒りが次々と自分の中で込み上がっていた。
「またサッカーできるのか」
「この先どうなるのか」
いろんな不安を抱えていた。
それでも、入部した際に掲げた
・怪我から完全復帰し、100%の状態でプレーできる身体を作ること
・農大サッカー部に貢献すること
この2つの目標は諦めたくなかった。
術後いつ歩けるようになるのか、いつ退院できるのか、いつサッカーができるようになるのか。
常にサッカーへの復帰に向けて逆算しながら生活していた。
しかし、現実は想像以上に厳しかった。
手術後、両足の痺れや感覚障害、排泄・排尿障害など様々な後遺症が残った。
サッカーへの復帰どころか、日常生活すらままならない状況に陥った。
足の感覚、指の感覚、スパイクを履いた感覚、ボールタッチの感覚、何もかもが20年間当たり前だった感覚と変わってしまった。
「この状態で本当に復帰できるのか」
「もう無理なんじゃないか」
考えれば考えるほど、どうすればいいのかわからなくなっていった。
サッカーしたくてもできないもどかしさ。
痛みが伴って100%でプレーできない。
100%でプレーすると再発してしまう股関節。
再発を恐れて力を抑えると練習全体の強度を自分が落としてしまう。
少しの違和感がやばいと感じる恐怖感。
思い描いていたものとは程遠く、目標さえ見失ってしまうこともあった。
それでも、多くの葛藤と向き合いながら、目標達成のために1歩ずつ積み重ね、先日約1年4ヶ月ぶりに練習試合に出場することができた。
大学3年目にして、入部後3試合目の練習試合。
正直、身体の状態は、20%〜30%の感覚ほどの感覚。
入部当初に掲げた2つの目標にはまだまだ遠く及ばない。
達成するには、これから相当時間がかかるかもしれない。
それでも、日々支えてくれている両親、児玉監督をはじめとする農大スタッフの方々、高校生の頃からサポートしてくれている病院の先生、リハビリの先生、三菱養和スタッフの方々、そして同期の存在。
多くの方々の支えがあって、今もこうしてサッカーを続けていることができている。
その感謝を忘れず、プレーで恩返しができるように。
そして、入部当初に掲げた2つの目標を必ず達成するために。
これからも1日1日を大切に積み重ね、日々精進していきたいと思う。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は、パスタこと吉岡幸誠です。
お楽しみに!

