Blog

ブログ更新情報


2023

4年引退ブログ〜我妻晋太郎〜

「不死鳥」我妻晋太郎


 

まず初めに日頃から東京農業大学農友会サッカー部を支援、応援して下さっている皆様、誠にありがとうございます。

 

この場を借りて、御礼申し上げます。

 

 

 

 

 

体脂肪が1年間12%以下に落ちなかった地蔵こと村上太一から紹介預かりました。

 

 

太一、ガキ大将はおれじゃなくてだいち君だからやめてよ笑

 

 



 

高校時代は金魚のフンと呼ばれ

 

 

 

大学時代はヒヒダルマ

 

 

 

農大のテベスこと我妻晋太郎です。

 

 

 

別に泣き虫じゃないからな。けんご

 

 

最近、涙脆くなっているのは事実だけど。

 

 

だって、別れがこんなにも寂しいんだもん。

 

 

 


 

最初で最後のブログを書かせて頂きました。

 

想像以上に長く拙い文章になってしまいましたが、ぜひ一読して頂けたら幸いです。

 

 

 



 

 

小学1年生で初めて練習に参加した日。

 

あまりにもサッカーが楽しすぎて、頑張りすぎてしまい家に帰ってきてから、嘔吐した。

 

 

 

その日から16年間、私はサッカーに完全にのめり込んでいた。

 

 

 

そして、そのサッカー人生も終わる。

 

 

 

最高だったな。

 

 


 

引退後に手術するようなこと想像もしてなかったけど、お疲れと自分に言いたいです。

 


おじさんになっても歩けるように引退後もリハビリ頑張ります。(笑)

 

 

 

余談ではあるんですけど

 

昨日、手術を無事終えました。

 

12月4日まで入院しているのでお見舞い待ってます!

 

 

 


 

そんなことは置いといて、そろそろ本題に入ろうか。

 

 

 

毎年卒業していく4年生の卒業ブログの中には、必ずといって言いほど

 

 

「後悔」が出てくる。

 

 

「もっとあぁしてれば、こうしてれば」

 

 

だったらあの時こうしてればいいのに。最初からやっとけばいいのに。

 

当時先輩のブログを読み、私はそう思っていた。

 

いざ自分が4年になりこの引退ブログを書く立場になった。

 

少なからず、後悔が残るんだろうなとか思ったりもしていた。

 

 

 


うまくいかなかった

 

 

けど

 

 

「後悔はない」

 

 

 


ただあまりにも

 

 

 

「苦しかった」

 

 

 

 

忘れもしない2022年6月21日。

 

 

 

もともと膝含め関節が柔らかいこともあり、ちょっと膝を痛めただけだろう。

 

 

歩けているし、力も一応入るし、大丈夫でしょ

 

 

だから、病院もその日に行かなかった。


 

ただ何かおかしい。階段から降りづらい。膝から崩れ落ちる。

 

 

異変に気付き、2日か3日たって病院へ行き、検査を行った。

 

 

 

 

左膝前十字靭帯断裂。約全治8ヶ月。

 

 

 

 

3年としてチームの中心として意気込んでやっていたシーズン。

 

 


頭が真っ白になった。

 

 


先輩や同期も同じケガをしていて、サッカー選手にとって致命的なケガで、最断裂するリスクもある。

 

 

ケガ前と同じような感覚でプレーできるか分からないと知っていたから。

 

 


 

私にとってこれまでのサッカー人生で1番辛い2年間だった。

 

 


 

ただ、よく分からないけど、意外と気持ちを切り替えられていた。

 

 

起きてしまったことは仕方ない。

 

 

落ち込んでも何も変わらないし、やるしかないでしょ。

 

 

4年のシーズン始めには間に合わせられる。

 

 


ポジティブな私はそう気持ちを切り替えられていた。

 

いや切り替えるしかなかったのかもしれない。

 

 

 

 

ただ、術後。

 

 

 

『なんだこれ。足が動かない』

 

 

 

術後痛いしきついとはよく聞いていたが、想像以上だった。

 

 

 

自分の足じゃない感覚。

 

歩く練習からのスタート。

 

日に日に細くなっていく足。

 

1歩進んで2歩下がる。3歩進んで1歩下がるようなリハビリの日々。

 

 

ほんとにサッカーができるようになるのか不安でしかなかった。

 

 

 

そんな中、グラウンドに行く毎日。

 


みんなが楽しそうにボール蹴っているのを外から見る毎日。

 


何度も行きたくないと思った。

 

 

グラウンドに行くとサッカーをしたいという気持ちが溢れてくるから。

 

 

 

 

辛い、きつい、しんどすぎる

 

 

 

みんなの前ではいつもの自分で強がっていたかもしれない。

 

 

でも本当は、毎日自分に負けそうになっていた。

 

 

ふとした瞬間に不安と焦りとか。悔しさで苦しくて押しつぶされそうだった。

 

 

復帰できるのかな。復帰しても、ビビってケガ前のようにプレーできないんじゃないかな。

 

 

 

 

しかし、私にはあまりにも大きすぎる廉の存在があった。

 

 

 

彼はこのケガを3回も経験している。

 


1回でもこれだけしんどいのに、これを3回だなんて想像するだけで恐ろしい。

 

 

どんなメンタルしてるんだ。

 

 

あいつ人間じゃねーぞと何回も思った。

 

冗談だよ廉

 

 


そんな中、彼は辛そうな姿を見せず、リハビリ含めやれること全部やっていた。

 

 

そして、主務としてチームを支えていた。

 

 

取組みや立ち振る舞い、人間性含めこんな人間の鏡みたいなやつ初めて会った。

 

 

みんな先輩のこと「くん」呼び名なのに、彼にだけ「廉さん」だもん。

 

 


同じケガをしていることもあり、同じ時間を過ごすことがより多くなった。(一時期、ラーメン週4で食べてたな笑)

 


 

ケガをしてから、廉と同じパーソナルトレーナーにみてもらい、トレーニングにも励んだ。

 

 

ケガのこともチームのこともめちゃくちゃ話した。

 

 

ずっと隣で学ばしてもらっていたし、ずっと刺激をもらっていた。

 

 

 

ほんとにありがとう。感謝してもしきれないよ。

 

 

 

復帰して一緒に関東リーグ出ようって目標に頑張った。

 

 


だから、それをモチベーションに弱音を吐かず、リハビリを死ぬ気でやり続けられた。

 

昨日の自分を超える。1日1日無駄にはしなかった。

 

 

 

 

そして、リハビリが進んでいく毎日。全部が全部辛いことでもなかった。

 

 

ベッド上で全く動けない状態から自分の足で歩くという誰も小さい時覚えていないことを実感したこと。

 

寝返りが打てて好きな体勢で眠れること。

 

人の痛みや苦しみを身をもって体験していること。

 

そして、自分の足で走れるようになったとき。ボールを蹴れたときの感動。

 

ボードに自分の名前があるという当たり前であったことの喜び。

 

 

 

この上ないほど幸せだったし、忘れることはない。

 

 

 

 

1人の人間としてこの大ケガが自分を本当に大きくしてくれていると。

 

 

 

 

そして、4年生が卒業し、今年1年間は特に自分自身と向き合う時間が多かった。

 

 


それからというもの、チームへの関わり方を、自分という人間の存在価値を何度も考えさせられた。

 

 

自分は何をすべきか、自分には何ができるのか。

 

 

そして、自分には何があるのか。

 

 

そんな「問い」に悩まされる毎日であった。

 

 

ピッチ内で何も表現できない。

 

声をそんな出すわけでもないし。

 

ピッチ内でのプレーを奪われた自分には何が残るのか。

 

 

答えは分からない。正直今も分かっていない。

 

 

日々、模索しながら、「問い」に対して自問自答を繰り返していた。

 

 

勝てていなく、チームが苦しい時に、何もできない自分。

 

 

信頼からなのか期待なのか、はたまた哀れみなのかよく分からない皆からの視線。

 

 

 

「晋太郎がいれば」「早く復帰してくれ」

 

 

 

チームの責任や焦りからのストレスが、何から何まで嫌だった。

 

 

 

正直、復帰が近づいて部分復帰したくらいの時期が1番辛かったかもしれない。

 

 

リハビリ当初は、言い方が悪いが、復帰を目標にひたすら頑張るだけだった。

 

 

ただ練習に混ざるようになってから、自分の身体が思うように動かない。

 

 

ついていけない。足がもつれる。恐怖感からか中々コンディションが上がらない。

 

 


この8ヶ月間というものが重くのしかかってきていた。

 

 

 

これじゃ、関東リーグなんか出られない。

 

 

 

ただ、アイリーグに出さしてもらえるようになり、徐々にではあるがパフォーマンスが上がっていった。

 

 

限られた時間でも結果を残してチームを勝たせる。

 

 

練習試合含め、ほぼ毎試合結果を出した。

 

 

まだ、100%じゃないけどやれていた。少しずつ自信も戻ってきていた。

 

 


 

 

そして、遂に関東リーグに出場することができた。

 

 

 

ケガをしてからちょうど1年だった。

 

 

パフォーマンスはまだまだだけど、後半45分の出場でアシストもできた。

 

 

 

公式戦のユニを着てまたピッチに戻れたこと。

 

多くの方の応援のなか、プレーできる幸せ。

 

点をとってみんなで喜びを分かち合う瞬間。

 

仲間たちが飛びついてくるなにものにも変えられないあの感覚。

 

そして、勝つことができなかった悔しさ。

 

 

やっと戻ってこれた。これまでのことが報われた気分だった。

 

 

 

 

 

しかし、その翌週の練習中、切り返しで同じ足の膝を捻ってしまった。

 

 

 

 

復帰してから何回か捻って痛めてはいたが、今回はほんとに嫌な感じがした。

 


 終わったと思った。

 


 

病院に行くと、移植した靱帯のうち、1本切れていると言われた。

 

 


 

最初に断裂した時よりも、頭が真っ白になった。

 

 


 

どん底に落とされた気分だった。

 

 


 

復帰して、やっとスタートラインに立ち、これからと思っていたのに。

 

 


 

今まで頑張ってきたのにこんなんで終わりかよ

 

 

 

正直、引退も考えさせられた。

 

 


完全に断裂するリスクは高いが、もう一度関東リーグを目標にプレーするか

 

ただ、再断裂したら、手術。もうプレーすることはできない。

 

それとも、関東リーグは諦めて、ケガで引退しないために抑えながらプレーするか。

 

 


正直めちゃくちゃ迷った。1個上の翔太くんを見てきたから。相談もした。

 

 

明也にも止められたような気がする。

 

 

 


けれど、やるしかないと思った。わずかだけど靭帯は残っているし。

 

 

 

 

それは、多くの人の支えをこのケガを通して誰よりも感じていたし、学んだから。

 

 

 

今このように生きていること。

 

 

 

この仲間とサッカーができていることがどれだけ幸せで当たり前ではないということを知っているから。

 

 


 

みんなから沢山連絡を頂き、それが重荷に感じたわけではなく、心から嬉しかった。

 

 

多分自分は、やっぱりサッカーが大好きだ。試合に出たいんだと。

 

 


 

だから、また這い上がってやろうと思った。

 

 


 

後輩には、ケガのことをあまり言わないようにしていた。気を使われて、練習の強度が落ちたら嫌だし。

 

気を使わせていたら申し訳ない。

 

 

 


ただ休んで、プレーを再開するも、やはり膝の強度が通常の2分の1ということもあり、緩さもあるし、恐怖感が増していた。

 

 

それから、明らかに膝を捻ってしまいやすくなっていた。水や血が溜まり、また怪我人となりしばらく休む。そんな日々を繰り返していた。

 


 

抑えよう抑えようってプレーすると、自分のパフォーマンスがでない。

 

100%でやろうとすると、また膝を痛めるし。

 

 

身体の限界も感じていた。自分が思うようにプレーもできていなかった。

 

 

 

けれど、可能性のある限り関東リーグにまた出場してチームを勝たせる。

 

 

だから変わらず毎日やれることやり続けた。

 

 


 

3ヶ月後、関東リーグに短い時間ではあるが出場することができた。

 

 


ただ正直、練習や試合もあまりしていなかったし、複雑な気持ちだった。

 

 

自分がメンバーに入ることでバックアップに回る人もいる。自分よりちゃんと練習しているやつのほうがいいんじゃないかと思っていた。

 


 

 

しかし、試合に出て応援してくれる仲間が栄光の架橋を歌ってくれたとき。

 

 

 

泣きそうだった。身体が震えた。こんな想い初めてだった。

 

 

 

苦しかったこと嬉しかったことこれまで膝と向き合ってきた毎日が蘇ってきた。

 

 

 

こんなにも応援してくれる仲間がいる。

 

 


 

もう自分のためとかそんな気持ちは一切なくなっていた。

 

 


試合に出さしてもらえる以上、どんな身体だろうと。

 

 


走れなくなるまで

 

 


身体がボロボロになるまで闘うべきだと。

 

 


それがあるべき姿だと確信した。

 

 


 

翌週の試合でまた膝を痛めてしまった。だが、前だけを見て残りの試合に向けて準備をしていた。

 


 

チームのために走り続け、闘う後輩。

 

怪我人が多く試合に出られていない人が多い中、自己犠牲をしてでもチームのために動けるそんな同期。

 

 

 

 

大好きなみんなと試合に出て、思いっきり笑う為にやろう。

 

 

 

 

そして、残留をかけたラスト2試合。

 

 

引き分け以上で残留が決まるホームラストゲーム。

 

 

親戚含め数多くの方が応援に来てくれていた。

 

 

負けている状況の中、途中から出場し、同点ゴールをアシストした。

 

 

恩返しするためにも、チームに貢献する。何が何でも残留を決めよう。

 

 

 


しかし、残り10分弱

競り合いの着地で膝を捻ってしまった。

 

 

 

パキッと音がした。やってしまったと思った。

 

 

 

まだやれる。まだやれる。そう思い込もうとした。あと1試合だけでいいからやらせてくれ。

 

 

だが、足がつけなかった。歩けなかった。足に力が入らなかった。

 

 

途中交代を余儀なくされ、ピッチを担架で出てから涙が止まらなかった。

 

 

 


色んなものが込み上げてきた。

 

 


もうサッカーできないな。16年のサッカー人生もこれで終わりか。

 

 

ラスト1試合もたなかったか。

 

 

 

このケガを通して経験してきたつらいこと、喜び、学んだこと。

 

親にサッカーやっている姿をもう見せてあげられないこと。

 

こんな私を信じて使ってくれたスタッフに対する申し訳なさ。

 

試合に出られない気持ちを押し殺して必死に応援してくれる仲間に対する申し訳なさ。

 

 

残り時間10人になり、勝ち越しゴールを決められ、何度も自分のせいだと思った。

 


「ごめん」という感情しか出てこなかった。

 

 

試合も見れなかったし、今まで生きてきた中で1番泣いた。

 

 


 

ケガをして、もうサッカーできない。

 

 

 


 

そんなことより残留を決めて、同期と最後試合に出たかった。それが1番悔しかった。

 

 


 


 

ただ、その日の夜

 

 

 

「もうやり切った」

 

 

 

そんな率直な気持ちだった。後悔はないと胸を張って言える。

 

 


 

今までで1番辛い2年間だったけど、

 

こんなにも自分と向き合って、必死に取り組んできたことはないし、やってきたという自負があった。

 

 

 


 

何より、ピッチに立てていなくても、チームの力になりたくて毎日動いてきた。

 

 

 

全ては農大のため

 

 

 

全ては仲間のために

 

 

 

このチームで闘えて良かった。このチームが大好きだ。この仲間と出会えて良かった。

 

 

 


心の底からありがとう。

 

 

 


 

 

そして

 

 

人生の困難に立ち向かうとき

 

 

「生き方」

 

 

その人の生き方が作られると思う。

 

 

そして、未来が誰にも分からないなかで、どれだけ自分を信じてやり切れるか。

 

 

信じられるだけの自分になれているか

 

 

結果を出すなら

 

 

「結果が出るまでやり続けるしかない」

 

 

どれだけ取り組んできたかという自分に対する絶対的な自信・信頼値の積み重ね

 

 

 

何度、どん底に落とされようが、また這い上がる。

 

 

 

諦めたら、そこで試合終了だからね。

 

 


 

これこそが、これまでのサッカー人生で1番辛く、うまくいかなかった2年間だったが、後悔が残らなかった理由だと思う。

 

 

 

 

辛いことも多かったけれど

 

 

諦めなくて良かった。

 

 

 

本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

最後に

 

 

 

 

後輩のみんな

 

 

生意気な後輩だらけで、ほんとに可愛い後輩たちありがとう。

 

いま、上手くいってたり、いってなかったり、自分の立ち位置に納得がいってなかったり、サッカーに対する熱がなかったり、色んな選手がいると思う。

 

サッカーは大好きか?楽しんでいるか?

 

自分からサッカーをとったら何が残る?

 

もっとやれることあるんじゃないかと常に自分に問いかけてほしい。

 

意外とシンプルだから。

 


自分に自信があるときに上手くいかないことだってある。

 

それでも、ベクトルは自分に向けろ。絶対に外に向けるな。

そうなってしまっている内はチャンスも来ない。

 

 

そして、最後までやり遂げるんだ、途中で苦難があっても折れずにやり切るんだ、という精神的な軸は何か達成するためには必須だと思っています。

 

 

ほんとに辛い時を横を見てごらん。同じようにみんな苦しい中もがいてるから。

 

先輩後輩こんなに仲良くて、サッカーを通して人として大きく成長できる環境がある。

 

残りの期間を最高の仲間と最高に楽しんでください。期待しています。

 

 

 

がい

 

矢板の唯一の後輩として入ってきてくれてありがとう。1番期待してるよ。ご飯行こうな。

 

 

せいた

 

苦しかったよな。けど、誰よりも頑張ってるの知ってる。ネガティブになっちゃう時もあると思うけど、サッカーの神様は絶対見てくれてる。這い上がれ。活躍期待してるよ。

 

 

けいと

 

大丈夫お前なら。こんな気持ちでサッカーできることってないぞ。無理だけはするなよ。いい報告待っています。せいたと3人でご飯行こうな。

 



特に前十字組には頑張って欲しいな。辛くなったら連絡待ってます。

 


他にも名前出したいけど、キリがなくなるのでやめときます笑

 

 

 

 

マネージャーへ

 

 

最高のサポートをありがとうございました。

 

どんな時も、誰かのために動ける人は格好良いし、尊敬しかないです。

 

みんながいるからこそ、選手は頑張れています。

 

感謝しかないです。


農大サッカー部に入ってくれて本当にありがとう。

 

 

 

 

スタッフの皆様

 

 

選手と同じように喜んで輪に入る姿、もっと見たかったし、見せたかったです。

 

2年の時から多くの出場機会を与えていただいたのに、期待に添える結果を残せずに申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

ですが、それ以上の成長を心から実感しています。

 

4年間本当にありがとうございました。

 

 

 

 

同期へ

 

 

まずは4年間ありがとう。大好きです。

 

一人一人に想いを書くと長くなりそうなので、会った時に直接伝えます。

 

ほんとに4年間色んなことがあったな。


コロナで入学式もなくて、学校のグラウンドで練習もできなくて、辞めるやつも多くて

 

ほんとに1年のときはこれ大丈夫かよとか思ってたよ。

 

 

けど、引退してから寝てて夢にお前ら出てくるんだよ。

 

 

あ、こいつらと出会うために農大に入ったのかなって思うんだ。

 

 

怪我で苦しい時、グラウンドに行きたくない時、前を向けない時、チームの結果がついてこない時、

 

いつだってそばにいたのは同期だった。

 

いつだって勇気をくれたのは同期だった。

 

いつだって前を向かせてくれたのは同期だった。

 

そして、チームの最前線で戦っているのも同期だった。

 

みんなががむしゃらに、自分自身に、チームに向き合ってくれていた。

 

頼もしい仲間、みんなと出会えて良かったと、心の底から思う。

 

みんなには感謝しかないよ。

 

沢山の思い出をありがとう。大好きだよ。

 

 

そして、これからもよろしくね。

 

 

 

 

両親へ

 

 

世界一のサポーターでいてくれてありがとう。

 

16年間、何不自由なくサッカーをやらせてくれてありがとう。

 

高校の時は毎週のように、栃木まで応援に駆けつけてくれる両親。

 

誰よりも私の可能性を最後まで信じてくれた父。

 

負けず嫌いな性格は母譲りなのかな?そう育ててくれてありがとう。

 

栄養バランスを考えた世界一美味しい料理を毎日作ってくれる母。

 

小学生から塾に通って、私立の中高一貫校に行かしてもらったのにも関わらず、高校ではサッカーがやりたいという理由で頭の悪い学校に行ってごめんなさい。

 

ケガも多く、沢山心配をかける息子でごめんなさい。

 

でも2人のお陰で、ここまで最高な環境で最高な仲間と最高のサッカー人生歩めました。

 

心の底からありがとう。2人の息子で本当に幸せ者です。

 

これまで受けた数えきれない沢山の恩は社会人になって、必ず返します。

 

 

 

 

 

最後になりますが、16年間のサッカー人生でお世話になった

FCトリプレッタ・かえつ有明中・矢板中央・東京農業大学に関わる全ての皆様

そして、ここまで支えてくれた病院の先生、パーソナルの木村さん

 

 

全ての方々のお陰で楽しいサッカー人生を歩むことができました。

 

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

長い拙い文章でしたが、

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

そして、次回のブログは

 

同期の誇り、毎日ラーメン生活の立川廉です。

 

彼と4年間過ごしたというだけで、価値あるものになる。

 

1番辛い経験をしてきながらも、常にチームのことを考えて行動し続けた彼の心の内を聞けるのが楽しみです。

 

お楽しみに。

ーーーーーーーーーーーーー

お気に入り写真

コメント
名前

内容